美の特攻隊

てのひら小説

怪奇 幻想

夜へ

白雲がよく映えた夏の朝、列車を待つホームから遠い町へとのびるレールにふりそそぐ陽射しをゆったり見つめながら、何故かわきあがるべき旅情を制するような、物おじが先立つ足もとに気をとられてしまって、その影は反対車線のさきほどから鈍いを音を放って…

かくりよ

もどかしいほど静かなのね。ええ、とてもゆったりとしたさざなみが押してはかえし、かえすさなかあなたの産声をどこか遠くに耳へしたような心持ちが生まれて、それはそれは不思議な響きがするのです。でも生まれたてすぐさまの音色なんか、案じてみてもとり…

ノスフェラトゥ

有益な情報は尽きた、、、いつか訪ねてきた青年に、関心事はさておき澄んだ瞳にくすぶる仄暗さをもち、身震いを闇夜に捧げようとしている相手にむかってフランツはそう答えた。さながら叙事詩のピリオドにふさわしい響きをもたせたつもりだったけれど、実際…

メデューサ(後編)

見果てぬ夢を思い浮かべてみる愉悦が、いかに艱苦とは無縁の居場所でつぼみをひろげようとしていたのか、当時のジャンに限らずとも、薄っぺらでありながら強固なその花弁はとりとめない揺籃からこぼれ落ちたであろうし、おのずと近づいてくる恋情の魅惑に淡…

メデューサ(前編)

北極星の瞬きが港に落ちるころ、泥をかぶった酒場の裏に転がることを忘れた樽の影に、その奥へどっしり腰をすえた煤けた瓶にたまった汚水の上に、かがやきを失わないひかりの矢が降り注ぐと、ふて寝をきめこんでいた野良猫や、酩酊しても笑みをしめさない呑…

青春怪談ぬま少女〜19(最終話)

あきらめとつぶやいてみましたが、登校2日目なのにこのありさまではどうしたって意気消沈です。帰りの足取りの重かったこと。その重さに様々な思惑がかぶさってくる。あまりに分厚くしかも煙り状にたなびいているので、あたまがうっすら痛くなってきました…

青春怪談ぬま少女〜18

きのうのこともあり校舎が近づくにつれ多少は緊張するのかなって思ったけど、なんか日々の流れに乗っかっているようで、わりと気安い足音を意識していました。早くも習慣に毒されたのでしょうか。まあ、わたしの場合10年学級とやらにも在籍していたみたい…

青春怪談ぬま少女〜17

空腹だったのかな、いや違うわ、それほど食欲はなかった。ならどうしてなんだろう、食べもので釣られていないはずなのに。ヤモリさんの顔つきはあの優しい笑みを取り戻しているし、わたし自身の気持ちがあやふやなままなら、冷徹な目線はとりあえず引き下げ…

青春怪談ぬま少女〜16

「地縛霊ってそれ、、、」わたしは挑むような目つきで先生の顔をうかがった。「志呉さん、あのね、さっきもお話した通り、あなたはすでに霊なんだから、その言い方は少し変だと思います」「じゃあ、人間を人間って呼ぶのもおかしいのでしょうか」「人間は生…

青春怪談ぬま少女〜15

着席とともに授業がはじまる。薄霧に被われたような沈黙が教室全体をゆるく束ねだし、わたしは貯めおいたつもりだった余裕をなくしてしまった。そんなもの元々あったわけじゃない、なんて自己弁護してみても粛然とした空気は時間にブレーキをかけたのか、微…

青春怪談ぬま少女〜14

学校の廊下ってこんなに静かだったかしら。今はわたしと先生だけだからそう感じてしまうかも、しかし実際には人数の問題ではなくて、これは変かも知れないけど何者かがこの廊下を、いや、おそらく教室を学校全体を制圧しているような気配がする。管理者らし…

青春怪談ぬま少女〜13

燦々と降り注ぐ太陽、まぶしそうに目を細めたりしてみる。朝食をすませ身支度を整えたわたしは、いつも迎えてはちょっとだけ背伸びする朝のように玄関をあとにした。見送りのヤモリさんは口ぶりのわりには淡々とした態度で、もっともこのひとはそういう気質…

青春怪談ぬま少女〜12

今日一日はもう語らなくていい。あっ、違うんです。取り澄ましたふうな口調ですけど、そんなに覚めた感情ではありません。始まりの一日だからとても大切なのは承知してるし、気構えだってちゃんと備わってます。それに家のなかを隅々まで探ってみたあげくの…

青春怪談ぬま少女〜11

封筒をビリビリじゃなくそれはそれはありがたくね、といっても実際は震えつつ開封しました。読んで話すほどのことでもないんだけど、、、明日から登校するよう、遅刻は厳禁、きちんと制服を着用する、あれこれ質問しないなどという事務的かつ高圧的な文面で…

青春怪談ぬま少女〜10

世界の豹変に目を見張り、感動にひたっているのは素晴らしいことだけど、お腹がへっていてはままなりません。うっかり忘れていました。昂った気分にも限界はある。こう言うと身も蓋もないですが、裏返せば限りある感動にふたたび出会うには日常の連鎖を排斥…

青春怪談ぬま少女〜9

コンパスの矢は精確な位置をしめしている。目的地をさとす使命を担ってるわりには、小さな手のひらにおさまってしまう頼り気のない丸みと軽さだった。けどその軽さがわたしの足付きをハラハラさせ、緊張にはばまれながらも優美で不遜な意識へと先走りさせて…

青春怪談ぬま少女〜8

悦ばしき知識ですね。ミミズくん、きみのお陰だよ。「付随するもの」そうか、あれはすでに認識されたことだったんだ。ときおりよぎるランダムな語句を見捨ててはいけません。わたし自身見捨てられずにすみましたから。ともあれ、なかなか立派な革張りの二つ…

青春怪談ぬま少女〜7

「花に嵐のたとえもあるさ、さよならだけが人生さ。だからよくお聞きなさい。もう会うことはないのだから。あんたが家へ向って歩き出し、途中で忘れものをした素振りでここに戻ろうともそれはあり得ないと言えば、どうかな。奇妙に聞こえるだろうか」なまず…

青春怪談ぬま少女〜6

とりあえず客室になるのかな、なんか物置き部屋って呼んだほうがしっくりするようだけど、気遣いなのかひがみなのかわからなさに我ながら嫌気がさして、しきりに恐縮がっていたカエルおばさんの面持ちがまぶたの裏にしみこんだころにはもう意識は薄らいでい…

青春怪談ぬま少女〜5

水底はなるほど水底なのね。てくてく歩いたつもりでもときおり地に足が着いていないような、浮いた感じがする。そしてカエルおばさんの、「ほら見えてきたでしょう」この一声ですっきり背筋が伸びて眼球は遊泳しはじめた。たしかに建物が見えたわ、ぽつんと…

青春怪談ぬま少女〜4

時間はこれまでと同じでよどんでいたけど、ところどころ透明な感じが胸に入り込んできたから、ひどく沈滞しきっていなかったみたい。すでに水圧の作用なんか身体から離れているし、沼底は陸地と変わらない居心地に落ち着いていたわ。あくまで無心に近い場合…

青春怪談ぬま少女〜3

「もう立派な幽霊だよ」えっ、誰がつぶやいたの。独り言じゃないわ、たしかに耳もとへ届いた。優しく厳しくもあるような、それから不気味さがしっかりまとわりついている。仕方ないのよ、時間をとらえるのだってあやふやだし、おまけに記憶があちこち散らば…

青春怪談ぬま少女〜2

見知らぬふたりはもう随分とまえからわたしのことを観察し続けているような思いがした。だって顔を見合わせるのと、わたしを見つめている時間が同じくらいで、そのうえ目の色はとても深く、くちもとは秘めごとを押し殺しているように感じられたから、まちが…

青春怪談ぬま少女〜1

みどろ沼、ここがわたしの住んでいる、あっ、ちょっと違うかな、でもいいか、他にも仲間がいるしね、とにかく毎日の意識が発生しているところです。順を追ってお話したいんだけど、どうにも前後不覚の切り貼りだらけで、意気消沈が長かったせいもあって、う…

鏡像

さげすみに甘んじる気性だと自他ともに認めだしたのはやはり夫人を娶ってからであろうか。ロベルトにしてみれば初婚であったが夫人はそうでなく、事情はどうあれ先代と昵懇の家柄にあった娘はひとりきり、誓約をかわした証跡があったとは思えない、何故なら…

愛しき狩人

誰もがうらやむ境遇にあることを認め、なおかつ優雅な風の吹き抜けを当然と思いなしては、みぞおちあたりに妙なくすぐりを覚え、それが何の仕業かわかろうともしないまま、不敵な笑みを浮かべるのがマリアーヌに備わった美質であった。 まぎれもない鏡の作用…

ロベルト伯爵夫人

ロベルト伯爵夫人にとってこれまでの道のりを振り返るとき、おのずと立ち現れてくる言葉には、枯葉が枝の先からこぼれ落ちようとする光景をあぶり出して、風の気配とは無関心な乾いた響きをもっていた。少女から艶冶な風貌へと移り変わる鏡のなかの自分に言…

蛇の歌

うすら笑いを張りつけたのではないだろう、見方によって苦笑にもとれる顔つきには、分別くささがのぞいていたし、また木漏れ日の加減のせいか、その影が光線を退けるよう戯れに誘われた無邪気さは、本来の性質をあらわにしているとうかがわれた。「お嬢さま…

霧の告白

もうどれくらいの歳月が過ぎ去っていったのやら、目の前の君にはどのような風貌が映っているのか、考えただけで気が遠くなりそうだ。で、私を訪ねるにあたってお断りしておいたとおり、何ぶんひとに喋るという機会は皆無でこの住まい同様、まあ手狭な家だが…

霧の航海

あらくれ者で知られたジャン・ジャックは額に深く刻まれた傷痕を潮風にさらすよう舳先に陣取っては、陸地を求めるまなざしなどあり得ぬといった風格を誰かれに誇示するわけでもなく、ひたすら想い出の向こうへ櫂を漕ぎ出すふうにして前方を見据えていた。そ…