美の特攻隊

てのひら小説

連載小説

青春怪談ぬま少女〜19(最終話)

あきらめとつぶやいてみましたが、登校2日目なのにこのありさまではどうしたって意気消沈です。帰りの足取りの重かったこと。その重さに様々な思惑がかぶさってくる。あまりに分厚くしかも煙り状にたなびいているので、あたまがうっすら痛くなってきました…

青春怪談ぬま少女〜18

きのうのこともあり校舎が近づくにつれ多少は緊張するのかなって思ったけど、なんか日々の流れに乗っかっているようで、わりと気安い足音を意識していました。早くも習慣に毒されたのでしょうか。まあ、わたしの場合10年学級とやらにも在籍していたみたい…

青春怪談ぬま少女〜17

空腹だったのかな、いや違うわ、それほど食欲はなかった。ならどうしてなんだろう、食べもので釣られていないはずなのに。ヤモリさんの顔つきはあの優しい笑みを取り戻しているし、わたし自身の気持ちがあやふやなままなら、冷徹な目線はとりあえず引き下げ…

青春怪談ぬま少女〜16

「地縛霊ってそれ、、、」わたしは挑むような目つきで先生の顔をうかがった。「志呉さん、あのね、さっきもお話した通り、あなたはすでに霊なんだから、その言い方は少し変だと思います」「じゃあ、人間を人間って呼ぶのもおかしいのでしょうか」「人間は生…

青春怪談ぬま少女〜15

着席とともに授業がはじまる。薄霧に被われたような沈黙が教室全体をゆるく束ねだし、わたしは貯めおいたつもりだった余裕をなくしてしまった。そんなもの元々あったわけじゃない、なんて自己弁護してみても粛然とした空気は時間にブレーキをかけたのか、微…

青春怪談ぬま少女〜14

学校の廊下ってこんなに静かだったかしら。今はわたしと先生だけだからそう感じてしまうかも、しかし実際には人数の問題ではなくて、これは変かも知れないけど何者かがこの廊下を、いや、おそらく教室を学校全体を制圧しているような気配がする。管理者らし…

青春怪談ぬま少女〜13

燦々と降り注ぐ太陽、まぶしそうに目を細めたりしてみる。朝食をすませ身支度を整えたわたしは、いつも迎えてはちょっとだけ背伸びする朝のように玄関をあとにした。見送りのヤモリさんは口ぶりのわりには淡々とした態度で、もっともこのひとはそういう気質…

青春怪談ぬま少女〜12

今日一日はもう語らなくていい。あっ、違うんです。取り澄ましたふうな口調ですけど、そんなに覚めた感情ではありません。始まりの一日だからとても大切なのは承知してるし、気構えだってちゃんと備わってます。それに家のなかを隅々まで探ってみたあげくの…

青春怪談ぬま少女〜11

封筒をビリビリじゃなくそれはそれはありがたくね、といっても実際は震えつつ開封しました。読んで話すほどのことでもないんだけど、、、明日から登校するよう、遅刻は厳禁、きちんと制服を着用する、あれこれ質問しないなどという事務的かつ高圧的な文面で…

青春怪談ぬま少女〜10

世界の豹変に目を見張り、感動にひたっているのは素晴らしいことだけど、お腹がへっていてはままなりません。うっかり忘れていました。昂った気分にも限界はある。こう言うと身も蓋もないですが、裏返せば限りある感動にふたたび出会うには日常の連鎖を排斥…

青春怪談ぬま少女〜9

コンパスの矢は精確な位置をしめしている。目的地をさとす使命を担ってるわりには、小さな手のひらにおさまってしまう頼り気のない丸みと軽さだった。けどその軽さがわたしの足付きをハラハラさせ、緊張にはばまれながらも優美で不遜な意識へと先走りさせて…

青春怪談ぬま少女〜8

悦ばしき知識ですね。ミミズくん、きみのお陰だよ。「付随するもの」そうか、あれはすでに認識されたことだったんだ。ときおりよぎるランダムな語句を見捨ててはいけません。わたし自身見捨てられずにすみましたから。ともあれ、なかなか立派な革張りの二つ…

青春怪談ぬま少女〜7

「花に嵐のたとえもあるさ、さよならだけが人生さ。だからよくお聞きなさい。もう会うことはないのだから。あんたが家へ向って歩き出し、途中で忘れものをした素振りでここに戻ろうともそれはあり得ないと言えば、どうかな。奇妙に聞こえるだろうか」なまず…

青春怪談ぬま少女〜6

とりあえず客室になるのかな、なんか物置き部屋って呼んだほうがしっくりするようだけど、気遣いなのかひがみなのかわからなさに我ながら嫌気がさして、しきりに恐縮がっていたカエルおばさんの面持ちがまぶたの裏にしみこんだころにはもう意識は薄らいでい…

青春怪談ぬま少女〜5

水底はなるほど水底なのね。てくてく歩いたつもりでもときおり地に足が着いていないような、浮いた感じがする。そしてカエルおばさんの、「ほら見えてきたでしょう」この一声ですっきり背筋が伸びて眼球は遊泳しはじめた。たしかに建物が見えたわ、ぽつんと…

青春怪談ぬま少女〜4

時間はこれまでと同じでよどんでいたけど、ところどころ透明な感じが胸に入り込んできたから、ひどく沈滞しきっていなかったみたい。すでに水圧の作用なんか身体から離れているし、沼底は陸地と変わらない居心地に落ち着いていたわ。あくまで無心に近い場合…

青春怪談ぬま少女〜3

「もう立派な幽霊だよ」えっ、誰がつぶやいたの。独り言じゃないわ、たしかに耳もとへ届いた。優しく厳しくもあるような、それから不気味さがしっかりまとわりついている。仕方ないのよ、時間をとらえるのだってあやふやだし、おまけに記憶があちこち散らば…

青春怪談ぬま少女〜2

見知らぬふたりはもう随分とまえからわたしのことを観察し続けているような思いがした。だって顔を見合わせるのと、わたしを見つめている時間が同じくらいで、そのうえ目の色はとても深く、くちもとは秘めごとを押し殺しているように感じられたから、まちが…

青春怪談ぬま少女〜1

みどろ沼、ここがわたしの住んでいる、あっ、ちょっと違うかな、でもいいか、他にも仲間がいるしね、とにかく毎日の意識が発生しているところです。順を追ってお話したいんだけど、どうにも前後不覚の切り貼りだらけで、意気消沈が長かったせいもあって、う…

ペルソナ〜53(最終話)

夏木立の合間を縫って山間に点在する民家を眺めた両の目はまぶしさを一段と募らせて、澄んだ意識を保ちながら生い茂った雑草のうえに歩を休めた。真新しい空気を気持ちよく運んでくる涼風には、草いきれを浄化する瑞々しい効能が備わっているようで思わず鼻…

ペルソナ〜52

純一がうつむき加減になるまで他にも色々と砂里は語りかけていたし、合間にはそれなりの受け答えをしたつもりであったが、己の影にすっぽり包みこまれてしまった切なさが募り、外界からの情報を取り込む意欲を喪失しているようであった。実りかけだした恋情…

ペルソナ〜51

純一は表情がこわばりゆくのをどこか覚めた意識でとらえていた。際どい橋渡しなはずだけれど、平静を装ったまま歩を踏み出しているような、宙に浮いた空気抵抗を感じている。高所から見下ろす先へと吸い込まれそうなめまいにも似たあやふやさが、危険を察知…

ペルソナ〜50

「父さんどうなったか気にしてくれるんだ。想像してごらんって言いたいところだけど、『処女の生き血』ってウド・キア主演の映画を観てくれていれば感銘深いだろうね。至上最弱の吸血鬼なんだ、今度機会があれば鑑賞してほしいよ。父さんは吸血鬼なったわけ…

ペルソナ〜49

砂里の黒目はどこへ焦点を定めればよいのか分からなくなっているようだった。貰い受けてきた子犬がはじめて屋内に放されたときのためらいに似て。それは葛藤や軋轢からくる重圧とは異なる、もっとたおやかな、花吹雪のなかにさらされているみたいな、ときめ…

ペルソナ〜48

「そうそう、うちの父親についてね。ていうかわざわざ心配してもらうほどでもないんだけど。やっぱり罰が悪かったに違いないさ。息子をまえにして吸血行為に陶酔するんだもんな。誰だって少しは変なとこがあったり、妙な癖があるだろうけど、いくらなんでも…

ペルソナ〜47

追想には違いないのだろうが、口をついて出る夏の幻影は自らの裡に巣くっている実体のようにも思えだして、振り返えるまなざしは迫り来る倒錯した感覚だけを残してゆこうとしている。夢幻の境地をたゆたう模糊とした視界にどう委曲を尽くせばよいのやら、次…

ペルソナ〜46

決して声をかけた方向に寄ったわけではなかったが、美代の言葉は塚子との距離をせばめていると錯覚してしまう効力を秘めており、それは金縛りの状態をあらわにしているのではなくて、むしろ特異な磁場で浮遊しているような不均衡ながら危うさを示さない様子…

ペルソナ〜44

少しばかり喧噪から奥まった雰囲気が感じられたのは、どこか昭和を喚起させる素っ気ない店内の作りに相まって出汁の匂いがしみじみと鼻に香ったからだろう。特に古びた木目が際立つ壁面でもないのだが、飴色をしたカウンターやテーブルには時代がかった味が…

ペルソナ〜43

「やあ、元気そうだね。あれ以来だけど、ごめん、連絡しなくって。去年の夏はいろいろありすぎたせいかな、寒さはけっこうきついよ」いまにも粉雪が灰色の空から舞い降りて来そうだった。純一はダウンジャケットのファスナーをしっかり引き上げる仕種をした…

ペルソナ〜42

孝之の悲願は見世もの小屋に遊ぶ心理と比べてみてどこも遜色がなかった。初秋の午後を吹き抜ける一陣の風に夢を託す。季節が人々を培う風景は凡庸であることから解き放たれ、ときには信じられないほど美しく輝く瞬間を秘めている。陽子の出現により挫折しか…