美の特攻隊

てのひら小説

2015-04-01から1ヶ月間の記事一覧

一日

夏の日

【第7回】短編小説の集い 参加作品 生い茂った草が束になれば、緑のひかりを生み出し目にうるおいを、耳に涼風を届けてくれる。夏が終わり、喧噪がまぼろしであることを誇っていた様相に、どことなく慈しみを覚えてしまうのは、いかなる理由かなどと、のど…

ペルソナ

ペルソナ〜53(最終話)

夏木立の合間を縫って山間に点在する民家を眺めた両の目はまぶしさを一段と募らせて、澄んだ意識を保ちながら生い茂った雑草のうえに歩を休めた。真新しい空気を気持ちよく運んでくる涼風には、草いきれを浄化する瑞々しい効能が備わっているようで思わず鼻…

海を感じる時

ペルソナ〜52

純一がうつむき加減になるまで他にも色々と砂里は語りかけていたし、合間にはそれなりの受け答えをしたつもりであったが、己の影にすっぽり包みこまれてしまった切なさが募り、外界からの情報を取り込む意欲を喪失しているようであった。実りかけだした恋情…

四月のミル

ペルソナ〜51

純一は表情がこわばりゆくのをどこか覚めた意識でとらえていた。際どい橋渡しなはずだけれど、平静を装ったまま歩を踏み出しているような、宙に浮いた空気抵抗を感じている。高所から見下ろす先へと吸い込まれそうなめまいにも似たあやふやさが、危険を察知…

行人

ペルソナ〜50

「父さんどうなったか気にしてくれるんだ。想像してごらんって言いたいところだけど、『処女の生き血』ってウド・キア主演の映画を観てくれていれば感銘深いだろうね。至上最弱の吸血鬼なんだ、今度機会があれば鑑賞してほしいよ。父さんは吸血鬼なったわけ…

もの想い

ペルソナ〜49

砂里の黒目はどこへ焦点を定めればよいのか分からなくなっているようだった。貰い受けてきた子犬がはじめて屋内に放されたときのためらいに似て。それは葛藤や軋轢からくる重圧とは異なる、もっとたおやかな、花吹雪のなかにさらされているみたいな、ときめ…

赤い影

ペルソナ〜48

「そうそう、うちの父親についてね。ていうかわざわざ心配してもらうほどでもないんだけど。やっぱり罰が悪かったに違いないさ。息子をまえにして吸血行為に陶酔するんだもんな。誰だって少しは変なとこがあったり、妙な癖があるだろうけど、いくらなんでも…

春の雪

ペルソナ〜47

追想には違いないのだろうが、口をついて出る夏の幻影は自らの裡に巣くっている実体のようにも思えだして、振り返えるまなざしは迫り来る倒錯した感覚だけを残してゆこうとしている。夢幻の境地をたゆたう模糊とした視界にどう委曲を尽くせばよいのやら、次…

光線

ペルソナ〜46

決して声をかけた方向に寄ったわけではなかったが、美代の言葉は塚子との距離をせばめていると錯覚してしまう効力を秘めており、それは金縛りの状態をあらわにしているのではなくて、むしろ特異な磁場で浮遊しているような不均衡ながら危うさを示さない様子…

蠢動

ペルソナ〜45

「あの日の君にはもう会えない。あんなに涙を流し続けたからきっと何もかも忘れてしまいたくなるって思った、ぼくのことも、美代さんのことも。少しばかり、いいや、少しなんかじゃない、砂里ちゃんをさらに傷つけてしまう恐れを胸にとどめながら、あれから…

それから

ペルソナ〜44

少しばかり喧噪から奥まった雰囲気が感じられたのは、どこか昭和を喚起させる素っ気ない店内の作りに相まって出汁の匂いがしみじみと鼻に香ったからだろう。特に古びた木目が際立つ壁面でもないのだが、飴色をしたカウンターやテーブルには時代がかった味が…