美の特攻隊

てのひら小説

2014-09-01から1ヶ月間の記事一覧

昼下がり

夜の河 〜1

生まれ育った町を離れ専門学校のある都市で過ごした一年目の夏は、帰省にあたり結城初恵を瑞々しい陽光で向かい入れた。正月には帰っていたのだけれど、冬着の重なった衣服のせいなのか、直接素肌全体に光差すのをこばむかのように、その冷たい上空からの陽…

かくれんぼ

ポセイドンのめざめ

光線を避けるようひっそり佇むメデューサの石像に話しかけるのは、家僕のペイルでもシシリーでもなく、以外なことに小間使いのベロニアだった。どうしてそんな驚きを抱くかと云えば、犬のシシリーでさえ恋心を持ってしまうほどの美貌が隠されていたからで、…

眺めのいい部屋

面影

娘の瞳に焼きついた肖像は夜の帳が降りるにつれ、より濃厚な色彩を放ちはじめた。深紅の天鵞絨と見まがうような光沢で敷きつめられた階段の壁にその画は掛けられており、陽光のまったく触れないことも手伝って、燭台に灯る炎のゆらめきを過敏に受けとめてい…

花咲く乙女たち

夜明けのニーナ

空の色はまだ鉛を溶き流したように鈍く、星の瞬きが離ればなれの境遇を嘆いているのだと、大地の裂け目の奥底から誰かがそっと教えてくれたあの夜更け、ニーナはとても静かな馬車の音に揺られながら、城の門を通り抜けた。うしろを振り向いてみる意気が消え…

冒険者たち

投函 〜 あの夏へ 38(最終話)

出現と言い表わすには実感からほど遠く、疑似空間を再認識しようとすればあまりに近距離であって、飾り棚の人形を見つめるなまなざしが、そこに生身の生命を見いだそうとする幻視のような仕掛けなら、半身水中に没する浴衣のなりはまさしく実在を逸した、霧…

静かな生活

投函 〜 あの夏へ 37

意識の連鎖はふとした弾みで断たれたと云うよりも、それが必然の理であるように過去は隠れさり、いまここに未知なる映像がときの支配から愛でられていた。湿り気を含んだ磯の風が泥にまみれ、嫌悪までには至らないけれど好ましいとも感じられぬ匂いがあたり…

ガラスのうさぎ

投函 〜 あの夏へ 36

放心から覚めやまない孝之は自身のいきさつを語ることより、フカサワと名乗る男が超常現象とやらでここに存在している理由を切に欲した。「わかりました。魚たちが飛びまわり始めるには少し時間があるようです。あなたが探している女性もそのとき見いだせる…

書くこと 〜 エミール

今週のお題「書くこと」

投函 〜 あの夏へ 35

「初恵は確かわたしの夢は見れないはずと言ったはずだが、、、それにしても夜の川ってこんなにも不気味なところなんだな」磯辺孝之はひとつの決意を抱いてここまで、息子に意見されるまま素直にしたがい、それはあたかも巡礼であるごとく恐る恐る、けれども…

残照

投函 〜 あの夏へ 34

孝之のからだにぬくもりが伝わってきた。「まだ、出たらいけないのよ。あと、十数えるの」母のくちぶりには陽炎みたいなはかなさがあった。あの頃はまだ薪のにおいが通りを漂いながら、夕闇にひろがっていった。「ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、…

放課後

投函 〜 あの夏へ 33

孝之の目は渇ききってしまっていた。絶対の信憑などはなから存在しないことは承知であったし、あくまで夢語りとしての帰依とも云える王国、絢爛たる色彩、つまりは忌諱されるべく極彩色で描かれてこそ、そこに忠誠心が胚胎する仕組みであった。自分と云う入…

投函 〜 あの夏へ 32

孝之は素直に従った。初恵の言葉にではなく、夢の言葉に対してである。過失と裏切りと用いながらも、信頼と治癒をつかさどる、己の王国、あるいは過剰なる鬼門。紋切り型の鍵の象徴などは、文献のなかに考察するべきであり、さながら家族だんらんのクリスマ…

赤毛のレドメイン家

投函 〜 あの夏へ 31

「触ってはいけない、医者はどうしたんだ。すぐに手術してもらわなければ」あわてふためき突き上げてくる衝動に忠実であることを空間は認可しなかった。床が強力な磁場で形成されており、身動きとれないのが常套手段であるとしても、全身から生き血が抜きと…

投函 〜 あの夏へ 30

夜の海からゆっくりとわき上がる、落ちつきに満たされ出した気分にひたろうとする刹那、忘れかけていたもうひとつの感情が静かに、足音をしのばせたかのような慈しみをもってこの胸のなかに浸透してゆく。美しい音色でこだまする幽かな旋律は、思念において…

連鎖反応

投函 〜 あの夏へ 29

線路と云う一本に連なる道行き。山間部を走ればすぐに待ち受けているトンネルと云う空間、母体に開けられた魔法の時間が過ぎゆく漆黒。トンネルをくぐるたびに孝之は、夜明けや日没の意志に促されるよう、思考がおおらかに切り替わってゆく快楽とも呼べる意…

雲のゆき来

投函 〜 あの夏へ 28

道行きを指し示しているのを億劫になる沈滞した気分が、さらにその場から動くことを怠るのは、ぬるま湯のなかに浸り続ける居直りにも似た情態であろう。車両が揺れるように、湯船は心地よさをぬぐい去ることなく、次第に冷めゆく身を憂いながら、それでも残…