美の特攻隊

てのひら小説

白墨

今にも通り雨が落ちてきそうな曇り空の下、山腹にまばらと立つ民家のなかでもひときわ目につく、一軒の黒塗りの門構えを前にして、封書のようなものをその屋敷に届けなければと、配達人の風体でありながらどこか逡巡している自分を意識していた。
しばらくすると風格を漂わせた門から不意に現れた、いかにも普段着のような夏の軽装の、しかも一世代以前を思わせる、そう、幼いまま一緒に収まっていた若き母との写真のうちから薫る面影に、なぜかしら恥じらいの絡まった驚きが生じた理由は、それもまた記憶の彼方に仕舞ったテレビドラマの一場面から焼きつけられたあの何気ないであろう感懐、家政婦かと見れば本家の若奥様そのひとであったという、小さな喜びが不安を希求したからであった。
小池の面に照る陽を木陰から見つめるまなざしと同じく、まぶしげに細めた視界を揺らすために。

夢見の残像が光鮮やかな風景にもかかわらず、絶えずして薄明の印象で想起されるのはきっとそんな帳の陰から、まばゆい時間を見送っているからだろう。
断片図に割りふりされた光としての努めはたやすく、もろかった。
そして均衡を保つがためなのか、若奥さまの立つ右うえに見える表札の野太い文字は、墨汁をたった今しみこませたくらい黒々としており、はっきり「満堂」と読める。
夢の世界では必ず文字は化けてでる、だが今日は事情が違うようであった。

手渡した封書の中身を確認出来るわけでもないのに、それが賞状かも知れないなんて覚えたのと、雨が降り出してきたのが同時で、奥さまは礼を言ってきびすを返してしまい、置いていかれたと云った心証を若干もってはみたけれど、拍子抜けするには感情のたかまりが強風にあおられてなく、それから傘を持ってこなかったとまどいより、これからどこに向かえばよいのか考えながら、もと来た道を戻るでもなくその少し先にある家の方へ歩いてゆくと、自分のことを知っているのだろうか、さながら一家総出の面々が手招きしている。
風の吹くまま、塵芥の心持ちはみじめさに反撥しながら、ふらふらと足の運びはまんざらでもない。
浮遊した魂魄の似姿を思い描けば、紙風船に閉ざされた小さな迷いは黄泉からの伝達、自覚を促すまでもなかろう。
親子爺婆、こどもらが迎えいれた家は妙に門口のせまい奥行きのある、このまま歩けば裏に出てしまいそうなくらい細長い造りをしていた。
案の定、家屋を突き抜けると裏山に面する小高くなった畑から、ランニングシャツ姿で野良仕事をしている男が何かと話しかけてくるのだった。
聞くところによると、隣の屋敷の主夫婦はとうに鬼籍に入り、あととりも去年に亡くなって後家になったくだんの若奥さまがひとりとのこと、なるほど、それで自分はこころのなかに蜘蛛の巣がはったような緊張と、逆に湖畔の静けさをもつ余裕のある興趣を交じりあわせては悦に入っていたのか。
それはにわか雨のさなか辺りが日向臭くなると云うたとえにも似て、しかしより思いを深めるのでもなく、ただ本当に雨が降ってきた事実をありがたく感じるだけであった。
こころのなかにも雨が降る、、、夢の意想は底抜けに限りなく闇夜に抱かれ、うらはらに蒼穹へとのびあがる放恣な情念は、飛行機雲のようにまっすぐに高速で駆け抜けてゆくのだが、次第にかたちを成す積乱雲を、ましてや大地で展開される入れ子状の活劇と心理劇のただなかにあっては、見届ける猶予などあるはずもなく、やがて落ちてくる驟雨にただ打たれるしかない。

気がつくと随分早送りされた映像の如く、えらく厳粛なシークエンスに置かれていた。
裏の畑が窓を通してうかがえる六畳間ほどの部屋に病臥しているのか、布団敷きの女をかこんで見守る家族らの顔、顔、顔、、、
目のまえで何が起ころうとしているのか察しがつかないうちに、自分は家のものからこの女を抱いてやってくれと、まるで宣託を戴いたかの神聖な響きを耳にして、はじめて如実な動揺をあらわにした。
有無を言わさぬ雰囲気にあって、ためらい気味に女の表情を見ていると、目は宙に泳いだまま帰着する様子をなさず、さらに冷や水を浴びせられたよう身を引いてしまったのは、掛け布団をはいだ寝間着の胸元からのぞく、恐らく全身に施されていることを疑いきれない、筆書きされた経文らしきその異様さにあった。

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