美の特攻隊

てのひら小説

夜の河〜12

夜霧が何のためらいもなく晴れていくように、漁り火が静かな別れを告げながら遠ざかっていくように、めざめはいつもと変らず待っている。
谷間をつたう清水に足もとをひたす感触が、ちょうど冷水で顔を洗う手間を先取りしてくれていればなおのこと、いつになく沈着した気分を保とうとしたのは、おそらく今しがた聞かされた川へ転落したと云う光景が、幾重にも反射しているまぶしさに目をふさぎ、再びまどろみのうちに戻って行こうとする葛藤が意識の片隅で働いたからであった。

それが起床と睡魔との攻防の態で現れたのを、もっともだと了解した久道は反射し続けるサイドミラーを脳裏に思い浮かべることで、映像を我がものへと回帰させた。
イメージが乱射されるなかにあって、こころ乱すものを鎮静させるには、一点に集中する意思が必要とされる。
ほんの数秒の間に光は脳裏をかけめぐる。
まず最初に昨日の走行中の出来事が想起され、続いてまぼろしかといぶかった自分を呼び起こし、更にはまったく忘却してしまったのではない、読書のさなかも夕飯時にも、遥か彼方の星がわずかに明滅するように、あの浴衣姿は一瞬見え隠れしていた。
寝入りぎわ想念が霧中に消え入りそうになったときも、やはり姿は立ち現れていたのだった。
あまりの速さでめぐってくる、そんな光の粒のようなものだから記憶はあえてとどめようとしなかったのだろうか。
その答えもやはり深い霧のむこうに隠されている。
我々が意識の極限と呼ぶものを想起させるには、志向の食指をのばさないなくてはならない。
転落する影を鏡に介して認識したところ、幻覚と現実との境目が発生した。
日頃から空飛ぶ円盤などを追いかけては見失い、ありありと目撃しても確証をおさえられなかった久道にとって、やはりあの時は目の錯覚だと認識したと考えても誤りではない。
しかし、いざ後から現実問題だと知らされるにおよんで、幻覚と云われたものが光となって乱反射はじめた事実をどう受けとめるのだろうか。
あらゆる現象をまのあたりにするとき、各人はそこに決まりきった様相などを見いだしてはいない。ただ、自分にとって最良の光景を作り出そうと努めているのだ。時間という波に乗りながら。

どこかさえない気分のまま、朝食をすましてからも仕事が休みなので寝室にもどって横になった。
何気ない休日の家庭、まつりのあとの静まりかえった町並み、流れゆく川面にはどこも異変はなかった。
ところが久道は違った。部屋のカーテンをふたたび閉めきり、家の者らに起こさないよう強く伝えると、引き出しから睡眠導入剤を取り出して強制睡眠しようとはじめた。
理由は明白である、もう一度夢見のなかで真相を探りあてよう目論んだのだ。
小数派を自認し突きつめた結果がこれである。
己の裡に生起するもの、脳波が安定した状態で確証を得るためには、睡眠時における交信こそが最良の選択となろう。
夢占いなどとは方法論を異にする、それは考古学者が遺跡で発見した秘密の回廊へときめきながら、奥まった方へ方へと進んでゆく、切実なアプローチに他ならない。

久道は失意を補填するためにことを起こしているとは考えたくなかった。
ただ割り切れない感情がどうにも澱になって胸の底に沈殿しているみたいで、すっきりとしなかったのである。
混濁した気分が蒸発することを望べば、そこにはおのずと力学が発生する。
ただむやみやたらな悪感情だと収拾がつかなくなるので、別のものへ委ねると待ちかまえていたのは、超能力者たちの不敵な笑みであった。そして蜃気楼になって久道の脳裏をめぐった。

これほど熱心にあなたらの存在を信じている、その情念はまぎれもない宗教心の発露であり、まさにブーバーが著した「我と汝」で論じられる全人格の呼びかけに違いなかった。
メフィストに魂を売り渡したファースト博士の信念が、狂おしいまでの美学と悦楽に彩られていたように。

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