美の特攻隊

てのひら小説

夜の河〜17

孝之から発している独特の雰囲気が初恵を朝もやのように包みこんだのは、彼自身の接しかたによるところも貢献したのであるが、初恵からしてみれば現実の大人たちに否応なしに結びつけていることとは、絶えず日常のくり返しと些事によってでしかなく、大学教授が持つ研究室や書斎での浮世離れした所作に一般社会から隔絶した秘密めいたものを、走りゆく線路の余情としてからめとったからであった。
しかも若輩の身であることが瞭然にも関わらず孝之の口調はいたって礼義正しく、かつて紳士的なふるまいを知らなかった初恵は、多少なりとも胸のたかまりが増してくるのを認めないわけにいかなかった。
今までがずっと不透明だったとしても、この教授は現実から遊離した透明人間であることで反対に鮮明に浮かびあがってくる、ちょうど逆説を目のまえにした奇妙な展開に溺れながらも酔いしれてしまうように。

「そうですか、結城さんはジッドが描いた敬虔な物語を額面通りに受けとらないほうがよいと考えたわけですね。私もそう思います。ジッドは近代の作家です。少なくとも天上の世界を信じきっていたとは言いがたい、これは信仰と思想の両面においてのことですが、かといって地上的なる愛、この小説では婚姻に収斂される制度を前提とした愛欲と解釈してもかまわないと思うのですけど、アリサはその平凡な結婚生活をはなから悲観しているんです。結城さんの言われた厭世感ですね、ところが現世を超えた境地にあこがれはするものの、最終的にははかなくいのちが尽きてしまいます」
「あこがれと信仰は別問題ってことなのでしょうか」
「いえ、天上とやらを最初から信じていないんですよ。だからあんなつかみどころのない日記が、しかもとぎれながら綴られる」
「そうかも知れません。肝心な箇所は破り捨てられたとかいってはぐらかそうとしているのも、そんな不信心を証明しているのじゃありませんか」
孝之はそれから狭き門逆説的に読みくだくことのつまらなさに言及し、
「だまされたと知りつつ最後は夢物語として含んでしまえば、それはそれで豊かさがひろがるものです」
アリサの件はまた違った角度から見つめることでしょう、そう意味ありげに口角をあげるのだった。

この路線特有なのか、それとも他の単線鉄道を知らないだけだろうか、間断なくしかも性急なリズムをもって刻まれる車輪と線路の響きがとても心地よい。
孝之の言葉も同じように初恵の裡へと振動していった。
列車がトンネルをくぐる頻度が高まるにつれ、もやがかった透明度は気圧の変化にも影響を受けたのか、やがてすっきりと視界がひらけてくると、あたまのなかの不純物質が消えてなくなり、代わりに沸々と泉がわき出るよう初恵は臆することなく、まるで友達にでも気楽に話しかける調子であれこれ孝之に語ってみせた。
それは天然水が流れゆく清冽さを彷彿させた。
次第に語尾へ遠慮がちにまとわりついていた物おじした言葉使いもまるみを帯びてくると、初恵は本来の快活さを取り戻した様子で、孝之のことを教授さんと呼んでみたのだったが、
「さんは余計ですよ、教授でけっこうです」
そうたしなめられても、
「だってそのほうが堅苦しくなくて言いやすいので」
やわらかな我をはるのだった。
孝之にしてみても、日常が切り離されながら現実に即した仮面を被ったような女性に出会ったことはある意味奇跡であり更にうがてば、受け持つ女性徒をひとり誘っての交遊とも想像できた。
しかし行き先が同じ町であることを聞き及んだことで、彼の自由の翼はひとまわり縮小されたのである。
と云うのもこれから訪ねる親戚にあたる家に報告しなくてはならない難事を考えると、初恵でさえまったく関わりがないにしても同郷、、、ただそれだけの想念が釜のそこにこびりついためしつぶのように頑固に付着し、孝之を悩ませたのであった。

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