美の特攻隊

てのひら小説

空の青み

夢の窓をあけようとする手もとにまとわりついたのは、見知らぬ家を訪ねていると云う鼻白む遠慮にあらがう想いだった。
読めない音符に見果てぬ旋律が運ばれ、虹彩には澄みきった情景が待ち受けていたから。
遠い青空を卑近なまでにたぐり寄せるまなざしが、私を按摩に変容させた。

いつか見た古い映画に登場する女優によく似た、奥さんに案内されると案の定、不釣り合いな主人がいかにも横柄な態度で、あいさつとも了解ともつかない声を野太くあげたのだが、むろん私は盲目じゃないので、面持ちと語気だけでも十分なのに、奥の間の硝子が開け放たれた背景に過分な念いをぬりこめると、かわら屋根による映発だろうか、蒼穹の翳りが胸の底まで侵蝕したけれど、ひとときを曇らせたのち、晴れやかな気分に包まれてしまい、さながら映像の早送りの要領でここの主人が見かけより以外に温和な人柄であることを知って、一層安堵を感じながら二階の欄干に面した書架に並んだ、うさぎの置き物や犬の写真、郷愁をまとってはいるけれど思い出せない人形、壊れてしまった、しかし秒針の動きに幻惑される予感をはらんだ錆びた時計とともに、シェイクスピアやポオの書籍を眺めていれば、按摩さん、また来てくれるね、それともうすこしばかり力強くもんでもらえないかなどと、親しげな声音で話しかけてくるから、私は窓のそとに視線を落としていかにも恥じらいだ表情をしめし頷きつつ、奥さんの気配もうしろに覚えて、何気に欄干に片手を添えたところ、ゆっくり稲穂が風に傾ぐように揺らいだのであわてしまい、真下ののぞき穴みたいな意匠の看板はなんでしょうか、そう訊ねれば夫婦そろって、あれは地下鉄の入り口だと諭されたのだが、いくらなんでもあんな小さな場所からひとの出入りがかなうはずはない冗談だろう、それにしてもかわら屋根なんかどこにも見当たらず、ただ狭くひなびた路地が横たわるだけで、しかし異様なほど安寧を約束しているふうな景観にこころがそよぎだしたのはどうしたせいなのか、やはり私は光彩に惑わされているのかも知れない、そんな意識が指さきに軽いしびれをもたらすのだった。