美の特攻隊

てのひら小説

ゆうれい

不思議な色合いのまちなかにいる。

紙芝居みたいにこじんまりとしていそうで思いのほか、にぎやかさは収まりつかない気配を仰々しく伝えてくれるので、胸の奥に温かいものが湧き出て来て、辺りを一通り見回した頃にはじんわりとした感情に包み込まれてしまった。

立ち止まるのを拒まれているのだろうか、いや、斜め向こうの威勢のいい客引きは流暢な発声でもって巧みに見世物の面白さを語りだし、懸命に、とても情熱的に、その反面どことなくあらかじめ色褪せした絵柄のような物悲しさを底に残しつつ、私らの気をひこうとしている。

空は水ようかんであつらえられたふうにひんやり、行き交うひとの目は反対にそわそわ落ち着きがなく、やれ綿菓子売りだの、金魚すくいだの、団子屋だの、狐やひょっとこの面売りだの、香ばしい焼きいかを並べた店だのが居並ぶなか、地べたの感触も空の色が映りこんでいるようで、私はふわりと浮き足立ち、客引きの口上に聞き入ってしまっていた。

 

「いよいよ本日開演だよ、見なきゃ損とは言わないけど、無理してまで見物してもらうことねえや、えっ、どっしたわけだって、あたりきよ、あとの祭りだってことさ。そこの旦那も姉さんも学生さんもお嬢さんもお坊ちゃんも、うわさには追いつけやしないよ、天地が逆さになろうがこればかりは現物を目ん玉に刷り込んだもんが勝ちってもんだ。あれは信じられなかったなとか、ううっ、思い出しただけでも鳥肌がとかね、いくら人づてに聞いたところで話す本人だって狐につままれているんだ、根掘り葉掘りと望むところだがそうは問屋が卸さねえ、へへ、あっしの言うことは大げさかい、そんなはずはない、無理しなくてもよござんすって仏の教えみたいに諭してるんだよ、こちとらも商売だい、それがですぜ、皆々さまの冷静な判断を仰いでるって寸法だい、馬鹿丁寧にもほどがありゃしやせんか。そんじょそこらの出し物とは破格の違いがあるって証拠じゃござんせんか。で、その肝心かなめをこれから、つつっとお話いたしますよ、いいですかい、気が向いたなら木戸をくぐっておくなまし。

皆さんは満蔵一座って名くらいは知っておりやしょう、へい、蛇女やらろくろ首にミイラの類いをこれまでお披露目いたしやした、おっ、そこの坊ちゃん、うなずいてるね、影に隠れたお嬢さんも、そうでやす、怪奇一辺倒、おばけの一座でごぜえます。種も仕掛けもありませんとも、かといって妖怪変化とも申しませんよ、そんなほらを吹いてはいけない、正真正銘の奇形異形のね、哀れな宿命を背負ったものらのすがたかたちだ。

ところが満蔵座長いわく、もうそうした宿命を売り歩くのは嫌気がさした、ここらでがらっと趣向を変えましょうと、が、これまでの名物はなんといっても異形の数々、憐憫はさておき中々めぼしい工夫が思いつかない。さあ、ここからが正念場だ、そう一気にすっとんだよ、端折りも端折って神髄を開陳する。いやね、あっしも最初は度肝を抜かれたってより、押し黙ってしまってね、いくらなんでもそんな無体な、罰あたりどころか夜と昼を反転さしたようなもんだ、そりゃあり得ん、どうあってもあり得ん、第一うす気味悪くていけねえ、そんな幽霊なんぞ、捕まえようなんざ。

もらしてしまった、そうなんで、あの世から見せ物を引っ張ってこようって魂胆でね、あっしが戸惑うの分かるってもんでしょうが。ところが座長の眼はぎんぎんぎらぎら、すでに幽冥界の主と掛け合って契約を取り交わして来たっていうから驚き桃ノ木山椒の木だい。

さあさあ、お立ち会い、あっしの言い分はもっともと同調してもらえましたかい、隅っこのしたり顔の学生さんよ、あんただって文明社会に幽霊が出るとは、しかも真っ昼間の見せ物小屋にだよ、大人しくどろどろひゅうって具合にお出ましすると考えられようか、そうだろう、どうせ手品かまやかしかってとこが関の山、あったりまえよ、坊ちゃん嬢ちゃんだってそれくらいの道理は心得てらあ、ねえ。と、まあ、たじたじな気分はここまでにしておいて、いよいよ本題だ。

なんだい、旦那、ひとが喋るまえから興奮しちまってよう、だがね、旦那の心中は大体いいとこを突いているんだな。幽霊の正体はいかに、なるほど違いはありやせんよ。見てのお楽しみなんぞ、けち臭いことも言いやせんよ。もったいなんかつけるもんで。ずばり予告しておきますよ、おんなの幽霊でさあ、しかもうら若い美形ときた、ああ、旦那、慌てなさんな、押さないで押さないで、あんたが一番乗りなのは確実でさあ、あっしが太鼓判押すよ。

まだ説明すんでないからようく聞いておくんなさい。でね、その幽霊、ただ舞台に居ったってるだけじゃない、脱ぐんですな、そう着物の裾をちらっと、あとは語るに及ばず、あれま、お嬢さん、ずいぶん不服そうな顔色ですな、ああ、そうか、こりゃ、あっしとしたことが舌足らずでやした。大丈夫ですぜ、そんな不謹慎な代物じゃありません、下世話な女色とは次元が異なるってもんです、なんせあの世からの巡業でございやすよ、それはそれは幽玄な美しさにうっとりされること請け合い、お子様とて、魔法の絵本をめくるようなもんで、心配ご無用、世俗を離れた境地に遊ばれなされ。

と、いったところでおしまいじゃあないんだなあ。出し物はまだあるっていう大奮発よ。これは簡単に流しといてと、続きは木戸の奥でもって縷々と語られる案配だからね、隠れ里ってご承知だろう、不意に行方が知れなくなって数年たってから戻って来ればその時分とまったく変わりがない、歳をとってないって摩訶不思議だ。ここで腰を抜かしてはいけないよ、今から二百年まえに忽然とすがたを隠されたと伝わる上臈が、なんと一座と出会ったんだな。

その気品ある面影は筆舌に尽くしがたい。座長の意向を酌んで本日限りの特別出演と相成った。これだけでない、更にやんごとなき上臈と幽霊の対面も実現されるというから、なんまいだ、アーメンそうめん冷やそうめんじゃないか。こんなことあっていいもんだろうか。ほんとはあっしだって恐れ多いんだ、それをあえて衆目の認めるところとし、文明の、いや、過ぎ去った幻影をいっときでも感取してもらえればこれに勝る癒しはないだろう、、、」

 

客引きの言葉が途切れるまえ、物珍しげに寄り集まった人々は、まるで三途の川を渡るような虚脱した面容で熱狂の気色もなく木戸へと吸い込まれていった。私も同様であった。ただ二の足を踏んだつもりはなかったはずなのに、まわりの顔つきに一層足を引きずられそうな心地がしたのが何故かしら幸いしたのであろう。

あと少しで暗闇に紛れるところ、いきなりうしろから肩を叩かれた。手まりが軽く弾むような、しだれ柳の束に触れたような、柔らかな手つきだった。

「ちょいと兄さん、あんなインチキに騙されてはいけないよ」

振り返れば、銀杏返しに色白の、はっと胸に染みる目もとの、退紅の着物すがたの、微笑みと目があった。

「やはりそういうものなのかね」

私の声は少しうわずっている。無理もない、幽冥界とやらに導かれる矢先だったのだ。しかし間を置くことなく面前の女性の思い詰めた一途な、それでいて憂いをまとっているかに見える表情にとらわれているのを知った。

「そうよ、決まっているでしょう。そんなことより、すぐそこなの」

憂いは気まぐれな鳥の鳴き声のようにほんのりしたときめきへと移ろいだ。手鏡をかざしたごとく。

そして突風にあおられる爽快な気持ちがわき起こると、ただちにそのししおき豊かな容姿に惑わされた。

熱い血と冷たい血が交互に私のからだをめぐりだしている。渇きを癒すために生唾をのむ矛盾を忘れた。

手招きより壮絶で饒舌な、うるんだ瞳にぼんやりとした影を見いだしたとき、空は雲がかかって湿気を呼んでいた。

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