美の特攻隊

てのひら小説

ちび六うどん

ぽかぽか陽気でねむねむめざめ、ハイハイはってカサカサスイスイ、あれっ~床がいやにしけっていますよ。おてんきゴロゴロザーザーあめあめふりふり、おひるすぎはたいようギラギラ開いたまどからヒュ~とさわやかな風がまいこみました。
ちび六はうきうきそわそわ、どうしてでしょう、はい、それはですね、おねえさんのともだちがまたこの家にやってくるからでした。おや、あんなにおねえさんのこと好きだったのにめうつりがはやい、なんて思わないでくださいね。ちび六にとっておねえさんはすでにかぞく、恋をポーンととびこえてしまったのです。
それはてんじょうのかたすみまで届けられました。おねえさんが手にしたじゅわきからもれるかすかな声。
「じゃあ、こんどの日曜にね」
しんがくしたおとうとはめったに帰らず、おとうさんおかあさんおねえさんの三人くらしのこの家にはほとんどらいきゃくがありません。ともだちをまちのぞむきもちはとても澄みきったおもいだったのです。はれやかなきぶんがとても新鮮なように。

「やっぱり誰もいないわけね」
「そうなの起きたら温泉いってくるって書き置きが」
「ほぼしきたりね」
「なによ、毎週毎週じゃないわよ。そんなことばっか言ってると特性うどん食べさせてあげないから」
「もう~そんなに怒らなくてもいいじゃない。で、お取り寄せの稲庭うどんは」
「あんた食い意地はってるわね、まだゆでてもないわ。あっ、そうそう、稲庭もうなくなってしまったの」
「なによ、それ」
「まあまあ落ち着いて、同等ってことないけど、いい讃岐うどんが手にはいったの、見る」
「見る見る」
「はいこれ、どう平打ちだしめんも細いでしょ、稲庭になんとなく似てない」
「わたし知らないわよ、似てるんだったらいいんじゃないの、味もそうなんでしょう」
「まあね、ホームセンターで特売してたの、珍しいからつい買っちゃった」
「はあ~、お取り寄せと随分へだたりが、、、しかしあんたホームセンター好きね」
「さてそろそろお昼だわ、調理にとりかかろう」
「はなし聞いてるの、まったく」
「聞いてるわよ、だから無駄口きかないで速やかに特性冷やしうどんを召し上がれ」
「わかったわよ」

ちび六のくちがむずむずってなりましたよ。めんは好物ですからたのしみですね。
そのときでした。ともだちがなにげにみあげた目線がちび六のすがたをとらえてしまいました。
「ちょっと、あそこにはえとりぐもいるわよ、なんかこっち見てる」
「まえもいたじゃない、あれは去年だったかな一昨年だったかな、とにかくペットみたいなものよ、気にしない」
「へえ~、そうなんだ」
ことばはわからなくてもさされた指先とふたりの顔つきでじたいをさっちしました。ちび六だいじょうぶよ、おねえさんたちはやさしいから安心してなさい。

三方の礼をすまし、冷蔵庫のとびらに手がかかりました。
「今日は唱えないの呪文」
「またうしろにいる、あっちに行っててよ、あんたが唱えれば、わたしもう飽きたの」
「ばっかじゃない、ふん」
「テレビはつけないで気が散るから、折り込みチラシでも読んでて。今日は手早いわよ、具材はさっき仕込んでおいたの。このめんがゆで上がれば完成ってわけ」
「ほう~」

ちび六もおもわずからだを移動させましたよ。うどんはおねえさんの好物なんだ、もちろんぼくも、だしじるのしみこんだはしきれにおおいかぶさりたいな。でもいつ具をよういしたんだろう、ぼくがねむってるうちかなあ。

おねえさん、ことばに違わず大鍋をわかしているあいだ次々とタッパを冷蔵庫から取りだしました。
「具材、華やかなる眠り」
「それって新しい呪文」
おねえさん返事なし。
大鍋のとなりの小鍋のふたが開かれました。なかには昆布といりこパックが、みずだしですね、すでに樹々のぬくもりが薫るよう色づいています。点火されました。ともだちはのぞき見にやってきません。
「じゃ~ん、天然だし入り味マルジュウ」
「えっ、つゆ今から作るの、っていうか、それ使うのね」
立ち上がったともだちを諭すように「小鍋が目にはいらないの、しょうゆ代わりよ、それと仕上げの花かつお」
「でも、ゆで上がると出来るんでしょう。あったかめんなの」
「ひやあつと言ってもられるかな」
「あっ、わかった、冷たいめんに熱いつゆ」
「その通り、ではこれをごらんあれ」

ちび六はほとんど真上までつめよってきましたよ。
ずらりとならんだタッパの数々、いつになく豪華じゃありませんか。しかも、肉があります、牛肉です。

「ぶっかけなんだけど、具でめんが見えなくなるわよ。いい、かまぼこ、ありきたりだけど彩りを添えるため、わかめ、これ生わかめなの、食感が断然ちがう。青ネギ白ネギ、牛こま、だいじょうぶ、炒めてなんかない、だし汁とほんの少しだけ甘みつけてある、これがどさっと被さるわけよ、脂肪がかたまらないようにチンして」
「ということは冷やし肉うどん」
「そうとも呼べるわね、はい、これ」
「なに大根じゃない」
「皮はさっき向いておいたわ、あんたおろしてくれる」
「ええっ、わたしが」
「それくらい出来るでしょうが。あっ、お湯が沸騰した、ゆで時間6分、さあ手洗って、もたもたしない」
「ちぇっ、なによ」

めんが大鍋に滑りこんでゆくと、同時に小鍋も沸き立ちかけ、菜箸にて昆布がとりだされる。さっと水洗いし、まるめこまれ千切りにされた、そうこれもまた具となるのだ。
だしは中火を保ったところ、優雅な手つきで花かつおがふんわり小鍋の表面に浮かび沈む。ここからが時間との勝負である。といいたいのだが、あとは大根おろしを待つばかり。
おもむろに食器がふた皿、かなり深みのある平皿、片方のふちだけがやはり深い紺色の紋様を際立たせている。
「はいはい、その調子、あわてないで弧をえがくよう気持ちをこめて」
「なによ、あんたがやるんじゃないの」
「文句いわない、それより天かすどうする」
「どうするって、あるの」
「肉に天かすはしつこいかなって思ったんだけど、ついつい、カイワレものっかるしさ」
「わたし入れてよ、いっぱい」
「あっ、いけない追いがつおが」
口先とはうらはらに落ち着いた動作でだしが濾される。他の具材が放つ香りを席巻するごとくにうまみ成分特有のほんのりした、だが予断を許さない匂いが鼻をつく。
「こんなもんでどう、疲れた。大根おろしなんて何年ぶりかしら」
「ごくろうさん、さあ、めんもそろそろね、氷できゅっとしめちゃおう」
「そこにあつあつのだしね」
「おろし大根はさながら雪見の風情、湯気をいさめる冷ややかさが口中にひろがり、そののどごしたるや美味快楽、ああ、そして交じり合う食材たちよ、栄光あれ」

ちび六は以前べんじょさまからきかされた自分のなまえのついたラーメンをおもい浮かべてみました。
パパはちびさん、ママはちびに、ぼくはちびいち、、、
あぶないあぶない、てんじょうから落っこちそうになりました。

 

ちび六シリーズ
ちび六と豚丼   http://jammioe.hatenablog.com/entry/2014/05/18/053925
たまごぞうすい  http://jammioe.hatenablog.com/entry/2014/03/23/094101
ちび六危機一髪  http://jammioe.hatenablog.com/entry/2014/02/28/165303
夜霧のちび六   http://jammioe.hatenablog.com/entry/2014/02/28/164943
ちび六の冒険   http://jammioe.hatenablog.com/entry/2014/02/28/164410