美の特攻隊

てのひら小説

あなたへ

「お家に着きましたか。ごめんなさい、さっきは勝手なお願いをしてしまいました。
とても胸がどきどきして、気持をはっきり伝えたいのにもじもじして、たとえ手紙を受けとってもらえても、わたしの表情ですぐにあなたは察してしまい、ぴしゃりと拒まれたらどうしよう、今日のうちにしおれてしまう花びらみたいなはかなさが怖くて、せめて一晩くらい気ままなときめきを胸に囲っておきたかったのでした。
でも住所を書かなかったのは同じ理由からでなく、とても言いづらい恥ずかしさがあって、変な意味ではないのですが、なんだかよくわからないまま、失礼を承知で、あっ、わたしなにを言ってるんでしょうね、すいません。
しかし勇気をもって、そう、こんな手紙をお渡しするのですから、ちゃんと説明しなければいけませんね。
あなたはすてきなひとです。頭がよく優しそうな雰囲気があり、相手のことをしっかり感じてくれる、わたしの一方的な想いと軽んじられて仕方ありませんけど、浅い水際から足のつかない水底を探るような不安は浮遊する期待にふくらんでいるので、もし受けいれられたとして、おそらくあなたはわたしの好意に対し、なるだけ早く応えたい真心で返信をくださるでしょうし、駄目な場合であったとしても傷心に気づかって迅速で丁寧な断りを綴ってくれることでしょう。
すべった足もとに適切なまなざしを注いでくれるにちがいありません。
それなのにわたしの心情の発露といったら。進学へ向けた大切な時間をさいていただくのがいかに遠慮のないことか、まして冬休みを目前にした恋文なんてどれだけいかがわしく気配りを欠いたものか、迷惑なのか、わかっているつもりです。わかっていながら今日を選んでしまったのはもうたえきれなかったからなのです。
あなたを慕いはじめたのは半年ほどまえ、見た目にはしとやかで可憐な装いに映る、いえ、そう映ることをいつも求めているわたしたち女子のかしましさはかなりなものだろうし、豊満な空気はたえず野性をしのばせているので、その触手はいくらか獰猛なのでした。
こんなふうな言い方をしたら幻滅されるかもしれませんけど、恋のきっかけは必ずしも厳粛なたたずまいや、そよ風の清廉ないざないや、夢のまたたきからきらきら飛び散る火の粉のせいではなくて、もっと卑近な場所に立ち寄るどら猫の毛並みのような直感から生まれてくるように思います。
遥かかなたへ胸おどらせる高尚さにまじりそうでまじらない他愛ないおしゃべりのゆくえ、それが乙女の通行手形、純情なのかもしれませんね。
意中のひとを語りあってみたり、歌手や俳優の容姿を論じてみたりしながら、身近の男子に触れ合う機会をうかがってはなんらかの成就を願うこころ模様、わたしもそんな中にあってご多分にもれず突風のあおりを受け、あるいは自力で奮起して巻き起こし、恋という色彩に瞳をかがやかせてみたくなっていました。
そして想いがかなった級友をうらやんで悲しくなったり、あれこれしゃべるわりにはじれったい顔つきしかできないもどかしさを叱責している鬼のような自分におののいたり、すでに深刻な間柄までいたったといううわさ話しで鼓動を強めたりしても、恋のゆくえをたどりきれない現状に結局は安堵するのです。
では、どこからあなた対する気持が芽生えてきたのか、よくよく推測してみたのですけど考えれば考えるほど、ちょうどおさない手つきで庭先に埋められたかつての宝石が果たしてどの辺りだったのか、さほど広くもない裏庭を無性にあちこち掘り返しているような記憶がかすめていくばかりで、これといった要因は見当たらなく、やはり通行手形はあくまで機能を有したものでしかないのか、これよりさきのなりゆきはもちろん、発火点を告げる手間もはぶかれており、それ以上思いめぐらすことは不可能ですし、なにかしみじみ疲れてきたので純情という鏡にすり寄ったのでした。顔かたちの微妙な動きで心境を見つめるためなんかじゃありません。
ひんやりした肌ざわりを約束し、やがて体温を写しとってくれる冷淡な境界が懐かしかったからです。
なので輪郭を持たない影のような気配に惹かれたというのが本音かもしれませんね。
それと、これはあとづけの根拠みたいで言いわけがましいのですが、成績抜群なのは全校でも知れわたっていたけど、図書室で片っ端からいろんな種類の本を借りてはすごい早さで読んでいるということを友人から聞き及んだとき、はじめてわたしの脳裏にあなたの影がよぎり、すぐ様それは光の束になったような気がしました。
さほど頻繁ではなけれどわたしだって壁一面をぐるりと支配する書棚の景観を好んでいたし、あの独特の匂いに包まれながら未知の世界を手にする重みに授業では得られない華やぎを得ておりました。
以前からすれ違ったり、お互いのまなざしが交差した瞬間だってあったはずなのに、どうしてあらためて意識しだしたのか、それはわたしがこれまで男子を異性としてあまり感じとっていなかったせい、二年生になってからだつきがすこしだけ大人っぽくなったせい、そんな自分を意識することが男子との差異をめざめさせた結果なのでしょう。
しかし、どれだけ下地が整いだそうが、肝心かなめの対象を彫り上げるまなざしは実情に取り残されているのか、それとも肉体をさらに反射させ、めざめの遅れに躍起となった理知が夏の秘密を、光線の正体を、影の不思議を解き明かそうとしたのか、答えはちょっと恥ずかしいのですが、それはわたしがあなたにあだ名をつけたことなの。
おかしく聞こえるでしょうけど、あなたはわたしの兄のようであり、しかし兄を越えた存在になっていて、そうした想いはむろん経路を知りません。ただ、この季節は大いなる季節にちがいない、強烈な陽射しがわたしの殻を焼きつくすだろう、行き止まりのすぐそばで。
そこはあなたがいる場所なのですね。この町を離れ進学されてもわたしから遠のいてしまっても、あなたはここにいるのです。この倒錯した想念は鏡の作用、わたしの願望と先送りした影が交わる花束、だけど受け取ってもらえない寂しさより、残像の映しだす記念碑を抱きしめるよろこびが勝ります。
わたしのこころにあなたが棲んでいる。
わたしはあなたの匂いをもういちど確かめるため図書室にゆき、そしてついに決意しました。手紙を書こうと。
あなたにしてみれば重くのしかかる岩石みたいなわたしですけど、これでいて以外と明るい性格なのですよ。だって仲の良い友達にはもうあなたの話しで盛り上がったり、はしゃいだりで、切実な面持ちなんて仮面のようにはずすことだって平気にできそうですもの。
なら、なぜもっと以前に気軽に想いを告げなかったのか、その問いはあなたのひんしゅくを買うに十分過ぎるので、正直に話さなくてもいいなんて、ふとどきな考えを泳がせていたのですが、日々の過ぎゆきはわたしにとってとても大切なものを包み隠しているように感じて仕方なく、かなり誇張したくちぶりですけど、宿命の恋だと太陽も海も山々も呼びかけてくるのです。白波は激しくて緑がまぶしいの。
なにより声高にするつもりなんかまったくなかったはずの、たいしてひねりも利いてない、それでも敬慕をこめたあだ名がにわかにひろまってしまい、冬休みまでには浸透をまぬがれず、まちがいなくあなたのもとへひたひたと伝わっていきそうでした。
部活動とは無縁のあなたとわたし、休校のあいだ、あなたは怪訝な表情をつくったまま、わたしは浅はかな思い出をかついだまま、あだ花を嗅ぎ続けなくてはなりません。そんな茶番はまっぴらです。しかも記号を付与されたみたいながひとり歩きする気安さに親しみを感じのか、今までとっつきにくい存在だと決めつけて、および腰だった他の女子らがこぞってあなたになんらかのかたちで接しようとしているです。
いいえ、誇大妄想ではありません。たとえ実りがなくとも寸暇であっても情熱がくすぶっているかぎり、特に冬の光で生彩をとりこんだ意識のたかまりは大きく、一様に恋の炎に身を焦がし寒気を忘れるいきおいなのです。
わたしひとりの眼を通して見つめている、そう仮託していた恋をよこどりされては身もふたもありませんので、おぼつかない筆をとってあらましを述べさせていただきました。
結局そこへ流れつくのか、そう見下されてしまうのは覚悟しております。ですから返信は無用と申し上げたいのです。憐れみだけわたしに投げつけてくだされば本望、わがままをどうぞお許しくだませ」