美の特攻隊

てのひら小説

続・ゆうれい

きっと暗雲を呼び寄せるに違いない、そんな不安気な心持ちをぬぐい取るように、曙光を思わせる明るみが地面まで落ちひろがったとき、初めて私はまちなみの彩りに染め上げられた。
「すぐそこってどのあたりだい」
「すぐはすぐよ。だまってついてらっしゃいな」
うるんだ目をした女の言葉を鵜呑みにするつもりはなかった。
逡巡を見取った相手の面に煤煙みたいな陰りを覚え、いざないが常に蠱惑に支えられてることを知りながら、胸のうちでは歯ぎしりとも、揺らぎともつかぬ、微細な夢想がうごめいている。
どうやら、意思をもってこの情況へ立ち会うのは徒爾に感じられ、小さな女々しい了見の芽生えを認めるしかなさそうにない。
歯ぎしりなんて夢の体操じゃないか、そんな負け惜しみさえよぎったのだから、私は結局、紙芝居を愛でていたのだろう。

見世物小屋はやっぱりいかがわしいのかい」
自らの憂き目を少しでも軽減させようとしている小賢しさを知りつつ、へつらうふうな確かめの言葉がついてでる。
「そりゃ、あたりまえじゃないの。みてごらんよ、あの連中の顔いろ」
「顔色って、催眠術とかで操られたってことだね」
「どうでもすきに判断すればいいよ。魔術だろうか、死人つかいだろうが、しかし、あんた、うたぐり深いおひとだね。しかしまあ、だから、声かけてみたんだけどさ」
女のもの言いや目つきに小癪な素振りは見いだせなかった。その時点で私はあの連中、見世物小屋を取りかこみ、あるいは行列をなして木戸の奥に吸いこまれてゆく人々と、別の空間へ逃れたありようを噛みしめることができた。
感謝、、、不意に横殴りの突風に見舞われたような気分がせり上がってきた。三途の河を渡ろうとしている襟首をつかまれたのだ。あながち荒唐無稽なたとえではあるまい。
意識を占領されていながら、不毛のまちなみにみなぎる面妖な活気が、なぜかとても懐かしく想われて仕方なかった。夕陽が女の全身にまとわりついているからに違いない。
強引と呼ぶには呵責が勝っているけれど、結局そう言い現すしかすべは見つからなかったし、何より、私のこころが寂寞の風景に彩色を施しているのを反芻すべきだ。

出店のにぎわいによく目を凝らせば、異様な気配はかたときだけの濁りで、ことさら訝しがるほどではなかった。いや、もう少し丁重に答えよう。
まちかどに灯った裸電球の、遠目にほんのりしたぬくもりが、退紅の着物すがたとなって現れ出たのだ。
夕空はあきらかに宵待ちを見届けている。
抜けるような色白の女の顔があたかも褪色に撫でつけられたふうに映ったのは、他でもない、夢が足もとから這い上ってきたからである。

「なに、ぼんやりしてんの、ほら、おいでったら、とって食おうなんてしやしないよ」
「ああ、わかっている、あんた、夜目にますます、、、」
そう、言いかけた矢先だった。
私の視線は不思議な引力で斜め横の金魚すくいに注がれた。
すでにあらかたの獲物は持ち去られ、数匹が淀んだように、だが遊泳を決して忘れはいないだろう面持ちがひとがたの微笑になって、ふわりと浮上してきた。
赤い金魚たち。
「えっ、なんて言ったの」
女の表情に深いしわが刻まれる幻覚を見た。

 

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  ゆうれい