美の特攻隊

てのひら小説

夜明けのニーナ

ノスフェラトゥ

有益な情報は尽きた、、、いつか訪ねてきた青年に、関心事はさておき澄んだ瞳にくすぶる仄暗さをもち、身震いを闇夜に捧げようとしている相手にむかってフランツはそう答えた。さながら叙事詩のピリオドにふさわしい響きをもたせたつもりだったけれど、実際…

メデューサ(後編)

見果てぬ夢を思い浮かべてみる愉悦が、いかに艱苦とは無縁の居場所でつぼみをひろげようとしていたのか、当時のジャンに限らずとも、薄っぺらでありながら強固なその花弁はとりとめない揺籃からこぼれ落ちたであろうし、おのずと近づいてくる恋情の魅惑に淡…

メデューサ(前編)

北極星の瞬きが港に落ちるころ、泥をかぶった酒場の裏に転がることを忘れた樽の影に、その奥へどっしり腰をすえた煤けた瓶にたまった汚水の上に、かがやきを失わないひかりの矢が降り注ぐと、ふて寝をきめこんでいた野良猫や、酩酊しても笑みをしめさない呑…

青春怪談ぬま少女〜19(最終話)

あきらめとつぶやいてみましたが、登校2日目なのにこのありさまではどうしたって意気消沈です。帰りの足取りの重かったこと。その重さに様々な思惑がかぶさってくる。あまりに分厚くしかも煙り状にたなびいているので、あたまがうっすら痛くなってきました…

夢の一日

【第4回】短編小説の集い 参加作品 まだ日曜と平日の境界はなく、夜のしじまがゆっくりとまるで羽毛のように寝室へ舞い降りたころ、野山の獣は牙を隠してしまい、そして小鳥たちの羽ばたきが微かなものへ変わる外の気配に耳を傾けながら、さきほどまでのテ…

鏡像

さげすみに甘んじる気性だと自他ともに認めだしたのはやはり夫人を娶ってからであろうか。ロベルトにしてみれば初婚であったが夫人はそうでなく、事情はどうあれ先代と昵懇の家柄にあった娘はひとりきり、誓約をかわした証跡があったとは思えない、何故なら…

愛しき狩人

誰もがうらやむ境遇にあることを認め、なおかつ優雅な風の吹き抜けを当然と思いなしては、みぞおちあたりに妙なくすぐりを覚え、それが何の仕業かわかろうともしないまま、不敵な笑みを浮かべるのがマリアーヌに備わった美質であった。 まぎれもない鏡の作用…

ロベルト伯爵夫人

ロベルト伯爵夫人にとってこれまでの道のりを振り返るとき、おのずと立ち現れてくる言葉には、枯葉が枝の先からこぼれ落ちようとする光景をあぶり出して、風の気配とは無関心な乾いた響きをもっていた。少女から艶冶な風貌へと移り変わる鏡のなかの自分に言…

蛇の歌

うすら笑いを張りつけたのではないだろう、見方によって苦笑にもとれる顔つきには、分別くささがのぞいていたし、また木漏れ日の加減のせいか、その影が光線を退けるよう戯れに誘われた無邪気さは、本来の性質をあらわにしているとうかがわれた。「お嬢さま…

霧の告白

もうどれくらいの歳月が過ぎ去っていったのやら、目の前の君にはどのような風貌が映っているのか、考えただけで気が遠くなりそうだ。で、私を訪ねるにあたってお断りしておいたとおり、何ぶんひとに喋るという機会は皆無でこの住まい同様、まあ手狭な家だが…

霧の航海

あらくれ者で知られたジャン・ジャックは額に深く刻まれた傷痕を潮風にさらすよう舳先に陣取っては、陸地を求めるまなざしなどあり得ぬといった風格を誰かれに誇示するわけでもなく、ひたすら想い出の向こうへ櫂を漕ぎ出すふうにして前方を見据えていた。そ…

夜風のささやき

その澄んだ碧眼の奥に映しだされた色彩は黄金が風にそよぐような麦穂だった。晴天ではなかったが、光彩をまとったしなやかな群生は空の青みを招いているのか、遠くに連なる山稜まで呼び声はこだました。頬をなでる髪に映発する、白金の柔らかなひかり、ベロ…

ポセイドンのめざめ

光線を避けるようひっそり佇むメデューサの石像に話しかけるのは、家僕のペイルでもシシリーでもなく、以外なことに小間使いのベロニアだった。どうしてそんな驚きを抱くかと云えば、犬のシシリーでさえ恋心を持ってしまうほどの美貌が隠されていたからで、…

面影

娘の瞳に焼きついた肖像は夜の帳が降りるにつれ、より濃厚な色彩を放ちはじめた。深紅の天鵞絨と見まがうような光沢で敷きつめられた階段の壁にその画は掛けられており、陽光のまったく触れないことも手伝って、燭台に灯る炎のゆらめきを過敏に受けとめてい…

夜明けのニーナ

空の色はまだ鉛を溶き流したように鈍く、星の瞬きが離ればなれの境遇を嘆いているのだと、大地の裂け目の奥底から誰かがそっと教えてくれたあの夜更け、ニーナはとても静かな馬車の音に揺られながら、城の門を通り抜けた。うしろを振り向いてみる意気が消え…