美の特攻隊

てのひら小説

2015-01-01から1年間の記事一覧

四月のミル

ペルソナ〜51

純一は表情がこわばりゆくのをどこか覚めた意識でとらえていた。際どい橋渡しなはずだけれど、平静を装ったまま歩を踏み出しているような、宙に浮いた空気抵抗を感じている。高所から見下ろす先へと吸い込まれそうなめまいにも似たあやふやさが、危険を察知…

行人

ペルソナ〜50

「父さんどうなったか気にしてくれるんだ。想像してごらんって言いたいところだけど、『処女の生き血』ってウド・キア主演の映画を観てくれていれば感銘深いだろうね。至上最弱の吸血鬼なんだ、今度機会があれば鑑賞してほしいよ。父さんは吸血鬼なったわけ…

もの想い

ペルソナ〜49

砂里の黒目はどこへ焦点を定めればよいのか分からなくなっているようだった。貰い受けてきた子犬がはじめて屋内に放されたときのためらいに似て。それは葛藤や軋轢からくる重圧とは異なる、もっとたおやかな、花吹雪のなかにさらされているみたいな、ときめ…

赤い影

ペルソナ〜48

「そうそう、うちの父親についてね。ていうかわざわざ心配してもらうほどでもないんだけど。やっぱり罰が悪かったに違いないさ。息子をまえにして吸血行為に陶酔するんだもんな。誰だって少しは変なとこがあったり、妙な癖があるだろうけど、いくらなんでも…

春の雪

ペルソナ〜47

追想には違いないのだろうが、口をついて出る夏の幻影は自らの裡に巣くっている実体のようにも思えだして、振り返えるまなざしは迫り来る倒錯した感覚だけを残してゆこうとしている。夢幻の境地をたゆたう模糊とした視界にどう委曲を尽くせばよいのやら、次…

光線

ペルソナ〜46

決して声をかけた方向に寄ったわけではなかったが、美代の言葉は塚子との距離をせばめていると錯覚してしまう効力を秘めており、それは金縛りの状態をあらわにしているのではなくて、むしろ特異な磁場で浮遊しているような不均衡ながら危うさを示さない様子…

蠢動

ペルソナ〜45

「あの日の君にはもう会えない。あんなに涙を流し続けたからきっと何もかも忘れてしまいたくなるって思った、ぼくのことも、美代さんのことも。少しばかり、いいや、少しなんかじゃない、砂里ちゃんをさらに傷つけてしまう恐れを胸にとどめながら、あれから…

それから

ペルソナ〜44

少しばかり喧噪から奥まった雰囲気が感じられたのは、どこか昭和を喚起させる素っ気ない店内の作りに相まって出汁の匂いがしみじみと鼻に香ったからだろう。特に古びた木目が際立つ壁面でもないのだが、飴色をしたカウンターやテーブルには時代がかった味が…

約束

トピック「お花見2015.03」 - はてなブログ

ペルソナ〜43

「やあ、元気そうだね。あれ以来だけど、ごめん、連絡しなくって。去年の夏はいろいろありすぎたせいかな、寒さはけっこうきついよ」いまにも粉雪が灰色の空から舞い降りて来そうだった。純一はダウンジャケットのファスナーをしっかり引き上げる仕種をした…

背中のコード

ペルソナ〜42

孝之の悲願は見世もの小屋に遊ぶ心理と比べてみてどこも遜色がなかった。初秋の午後を吹き抜ける一陣の風に夢を託す。季節が人々を培う風景は凡庸であることから解き放たれ、ときには信じられないほど美しく輝く瞬間を秘めている。陽子の出現により挫折しか…

春と修羅

ペルソナ〜41

「それで三上さんは今こうして美代さんに会われたわけですか」孝之の声色にはあきらかにおののきが加わっている。「そのようですね。私は砂里に上手く先方にたどり着けたらメールで連絡するよう言っておきました。まさかいきなり直行されるとは考えてもおり…

春琴抄

ペルソナ〜40

「吸血事件で胸を痛めましたけど、募る気持ちは美代ちゃんとの想い出でした。時間というものは冷淡な流れですわ。あれから数十年を経た今では記憶こそ鮮明ですが、今現在のこころまで支配する能力は失われてしまい、残されたのは甘酸っぱい気恥ずかしさと、…

ある愛

ペルソナ〜39

美代の存在をあらためて間のあたりにする意識が逆巻き、孝之は夜の河で出会った夢の光景をふり返ってみた。とても長い道程を経て深沢久道の背後に、そのすがたを透かし見たような心境へ至ったはずなのに、実際の出来事とは無縁のイメージがわき出して、三上…

かいじゅうたちの春

ペルソナ〜38

固定された視線に輪郭が浮かび上がる。ドアのうしろにひとの気配を感じたのと深沢夫人が、「三上陽子さんという方がみえていますけど」声を出すのがきまり悪そうに告げに来たのはほとんど同時であった。美代のまなざしは動じない。純一と砂里はふたりして恐…

続・野性時代

ペルソナ〜37

かつて兄から好色の目で眺められ、淫靡な思惑さえ抱かした妹、美代。久道の告白めいた追想は果たして脚色が施されていたのだろか。血の繋がった兄妹にもかかわらず欲情のおもむくまま禁令を越えかけたと云う、不透明でいて鮮やかな幻影を張りつける物言い。…