美の特攻隊

てのひら小説

掌編小説

夜へ

白雲がよく映えた夏の朝、列車を待つホームから遠い町へとのびるレールにふりそそぐ陽射しをゆったり見つめながら、何故かわきあがるべき旅情を制するような、物おじが先立つ足もとに気をとられてしまって、その影は反対車線のさきほどから鈍いを音を放って…

こもれび

以前懇意にしていた男に列車のなかでばったり出会った。その面立ちはこころ踊る音楽に浮かれていた頃のことだからよく憶えている。あれこれ互いの近況を交わしながら列車に揺られているうち、あの懐かしい旋律も幾度となく頭をよぎってゆくのだけれど、同時…

かくりよ

もどかしいほど静かなのね。ええ、とてもゆったりとしたさざなみが押してはかえし、かえすさなかあなたの産声をどこか遠くに耳へしたような心持ちが生まれて、それはそれは不思議な響きがするのです。でも生まれたてすぐさまの音色なんか、案じてみてもとり…

22世紀の夢遊病者

夕暮れどきの浴槽にはとけおちそうになる甘い果実があらかじめ浮かんでいるのか、あるいは沈める秘宝が夜明けを待ち望んでいるのか、薄く透けた湯気が窓外へ流れると、反対に生真面目で慈愛をはらんだような冷気が頬に降りてくる。その刹那、背中から首筋あ…

ノスフェラトゥ

有益な情報は尽きた、、、いつか訪ねてきた青年に、関心事はさておき澄んだ瞳にくすぶる仄暗さをもち、身震いを闇夜に捧げようとしている相手にむかってフランツはそう答えた。さながら叙事詩のピリオドにふさわしい響きをもたせたつもりだったけれど、実際…

メデューサ(後編)

見果てぬ夢を思い浮かべてみる愉悦が、いかに艱苦とは無縁の居場所でつぼみをひろげようとしていたのか、当時のジャンに限らずとも、薄っぺらでありながら強固なその花弁はとりとめない揺籃からこぼれ落ちたであろうし、おのずと近づいてくる恋情の魅惑に淡…

メデューサ(前編)

北極星の瞬きが港に落ちるころ、泥をかぶった酒場の裏に転がることを忘れた樽の影に、その奥へどっしり腰をすえた煤けた瓶にたまった汚水の上に、かがやきを失わないひかりの矢が降り注ぐと、ふて寝をきめこんでいた野良猫や、酩酊しても笑みをしめさない呑…

夢の愛

ことさらまえぶれなく閉ざされたドアの向こうへ手をかけたのは、薄らおぼえでしかない顔がほのかに浮遊していたからであり、その手つきに異論をとなえるような思いはひそんでいなかったにもかかわらず、水の流れにあらがえない穏やかな諦観が影となって寄り…

つづれおり

もし私が感情表現を持ち合わせていなかったとすれば、当然ながら表現以前に接点さえあやふやだと考えてしまうところだが、果たしてそれは確かな解釈であるのだろうか。表現にとって感情は常に不可欠でなければならないと仮定してみると、喜怒哀楽がわき起こ…

ひめはぎ

うららかな春日和の過ぎゆきとは無縁だったのだろうか。やるせない午後の気色に身をまかせていると、階段を上る足音が聞こえてきた。遮光を願う意識には秘密がほの明るく灯されている。性急な心持ちがやんわり抑えつけられてしまいそうに弱々しく、か細い、…

空の青み

夢の窓をあけようとする手もとにまとわりついたのは、見知らぬ家を訪ねていると云う鼻白む遠慮にあらがう想いだった。読めない音符に見果てぬ旋律が運ばれ、虹彩には澄みきった情景が待ち受けていたから。遠い青空を卑近なまでにたぐり寄せるまなざしが、私…

夏の日

【第7回】短編小説の集い 参加作品 生い茂った草が束になれば、緑のひかりを生み出し目にうるおいを、耳に涼風を届けてくれる。夏が終わり、喧噪がまぼろしであることを誇っていた様相に、どことなく慈しみを覚えてしまうのは、いかなる理由かなどと、のど…

行人

あれはそう、春一番が眠りのまろうどをかき分け吹き抜けた頃であった。なだらかな傾斜をもつ坂の下に古びた民家を見いだした。とくに用事があってのことではない、なにかしら胸騒ぎがするような気がして散策に出かけたまでのこと。目がかすんで見えるのはう…

夢の一日

【第4回】短編小説の集い 参加作品 まだ日曜と平日の境界はなく、夜のしじまがゆっくりとまるで羽毛のように寝室へ舞い降りたころ、野山の獣は牙を隠してしまい、そして小鳥たちの羽ばたきが微かなものへ変わる外の気配に耳を傾けながら、さきほどまでのテ…

自選作品

過去作品をふりかえってみました。 逆光 - 美の特攻隊

たなからぼたもち

【第3回】短編小説の集い 参加作品 「今日はえらい人出やな、クリスマスやからかの~、おやっ、べっぴんさんもぎょうさんおるわ」じいさん、いつものようにパチンコ帰りかと思いきや、「年金生活のわしらにケーキなんぞいらんわい。ばあさん、みょうなとこ…

バンビさんとちび六

さむさむぴゅーぴゅーそとは木枯らし、うとうとスヤスヤおねむがたりないのかな、とろとろぬくぬくハイハイはってあちこちどちらへ、きゅっとまるまり又らいねん。いえいえ、まだもうすこしよ、ちび六、冬眠するまえにおもいでぴかぴか、きぶんツヤツヤ、そ…

鏡像

さげすみに甘んじる気性だと自他ともに認めだしたのはやはり夫人を娶ってからであろうか。ロベルトにしてみれば初婚であったが夫人はそうでなく、事情はどうあれ先代と昵懇の家柄にあった娘はひとりきり、誓約をかわした証跡があったとは思えない、何故なら…

愛しき狩人

誰もがうらやむ境遇にあることを認め、なおかつ優雅な風の吹き抜けを当然と思いなしては、みぞおちあたりに妙なくすぐりを覚え、それが何の仕業かわかろうともしないまま、不敵な笑みを浮かべるのがマリアーヌに備わった美質であった。 まぎれもない鏡の作用…

ロベルト伯爵夫人

ロベルト伯爵夫人にとってこれまでの道のりを振り返るとき、おのずと立ち現れてくる言葉には、枯葉が枝の先からこぼれ落ちようとする光景をあぶり出して、風の気配とは無関心な乾いた響きをもっていた。少女から艶冶な風貌へと移り変わる鏡のなかの自分に言…

蛇の歌

うすら笑いを張りつけたのではないだろう、見方によって苦笑にもとれる顔つきには、分別くささがのぞいていたし、また木漏れ日の加減のせいか、その影が光線を退けるよう戯れに誘われた無邪気さは、本来の性質をあらわにしているとうかがわれた。「お嬢さま…

霧の告白

もうどれくらいの歳月が過ぎ去っていったのやら、目の前の君にはどのような風貌が映っているのか、考えただけで気が遠くなりそうだ。で、私を訪ねるにあたってお断りしておいたとおり、何ぶんひとに喋るという機会は皆無でこの住まい同様、まあ手狭な家だが…

霧の航海

あらくれ者で知られたジャン・ジャックは額に深く刻まれた傷痕を潮風にさらすよう舳先に陣取っては、陸地を求めるまなざしなどあり得ぬといった風格を誰かれに誇示するわけでもなく、ひたすら想い出の向こうへ櫂を漕ぎ出すふうにして前方を見据えていた。そ…

夜風のささやき

その澄んだ碧眼の奥に映しだされた色彩は黄金が風にそよぐような麦穂だった。晴天ではなかったが、光彩をまとったしなやかな群生は空の青みを招いているのか、遠くに連なる山稜まで呼び声はこだました。頬をなでる髪に映発する、白金の柔らかなひかり、ベロ…

ポセイドンのめざめ

光線を避けるようひっそり佇むメデューサの石像に話しかけるのは、家僕のペイルでもシシリーでもなく、以外なことに小間使いのベロニアだった。どうしてそんな驚きを抱くかと云えば、犬のシシリーでさえ恋心を持ってしまうほどの美貌が隠されていたからで、…

面影

娘の瞳に焼きついた肖像は夜の帳が降りるにつれ、より濃厚な色彩を放ちはじめた。深紅の天鵞絨と見まがうような光沢で敷きつめられた階段の壁にその画は掛けられており、陽光のまったく触れないことも手伝って、燭台に灯る炎のゆらめきを過敏に受けとめてい…

夜明けのニーナ

空の色はまだ鉛を溶き流したように鈍く、星の瞬きが離ればなれの境遇を嘆いているのだと、大地の裂け目の奥底から誰かがそっと教えてくれたあの夜更け、ニーナはとても静かな馬車の音に揺られながら、城の門を通り抜けた。うしろを振り向いてみる意気が消え…

まんぞうの昆虫記

誰だい、カブトムシとクワガタを取り替えっこしようなんていったのは。「へい、あっしでござんす」「時代劇とは関係いたさん、かような物言いは妙ちくりんであるぞ」「おたくの口調もだいぶ古くさいですな」「なんとでも申せ」「なら交換しましょうや、ほれ…

ちび六うどん

ぽかぽか陽気でねむねむめざめ、ハイハイはってカサカサスイスイ、あれっ~床がいやにしけっていますよ。おてんきゴロゴロザーザーあめあめふりふり、おひるすぎはたいようギラギラ開いたまどからヒュ~とさわやかな風がまいこみました。ちび六はうきうきそ…

ラビリンス

生来の方向音痴をあらためて実感することは、心情的な揺らぎに即するところもあるだろうが、嘆かわしさの当てられている皮膜を伝う振動に冷や汗は生じず、むしろ鋭角的な意識が見知らぬ領域へと散漫に、そして逼塞した気分は首輪を解かれた犬のように、無心…

金魚

夕暮れ、気まぐれ、所在なし、ほろ酔いにまかせておいた狭い庭を見遣る目つきは空を切ったまま。耳朶に届いた鳥の鳴き声、さながら障子紙に浅く鋭く砕け散る。カラスの群れが山へ帰るのなら、そろそろ杯を置き、重い腰を上げよう。昨日までの長雨、庭の片隅…

続・ゆうれい

きっと暗雲を呼び寄せるに違いない、そんな不安気な心持ちをぬぐい取るように、曙光を思わせる明るみが地面まで落ちひろがったとき、初めて私はまちなみの彩りに染め上げられた。「すぐそこってどのあたりだい」「すぐはすぐよ。だまってついてらっしゃいな…

お百度まいり

赤い目のうさぎさん、、、ぼくは寝言でそうつぶやいたそうだ。他の色ではだめだったのだろうか。ささいな事だが、うさぎの世界では重要な意味を持っているのかも知れない。むろん、きみにそんな質問を投げかけたりしなかった。ひょっとしたら顔を近づけなが…

墨汁

遠慮勝ちな態度で筋書きに従ったつもりだった。そして途中、もうひとりの自分が語り聞かせる入れ子の情況もそれとなく察知することが出来た。女はまだ若く、自分より年下に見える。そう覚えるのが符牒となり、あるいは己の所感がまだ交えぬ肉体をはさんで、…

白墨

今にも通り雨が落ちてきそうな曇り空の下、山腹にまばらと立つ民家のなかでもひときわ目につく、一軒の黒塗りの門構えを前にして、封書のようなものをその屋敷に届けなければと、配達人の風体でありながらどこか逡巡している自分を意識していた。しばらくす…

まんぞうの新今昔ものがたり〜日の神

今は昔の新しいこと、うららかな春の陽気にさそわれ、と言いたいところだけんど、ひがな一日なにをするでもなく家のなかで寝ころんでおった。じいさん、ばあさんそろってじゃ。あんまり退屈なんでどちらともなく声をかけた。「きょうは何曜日かい」「カレン…

返信 〜 訣

翌日、家内が純一に電話をしました。意気消沈な息子の様子に胸が痛んでいる様子は十分に理解していながらも、今回のことは家内の耳にしてみれば突拍子もない事態には間違いないはずですが、初恋の沸騰とでも片づけられてしまう程度のインパクトしかあたえて…

返信 〜 纏

前置きが少し長くなってしまいました。お許し下さい、ひとつは貴女に対する真摯な謝罪を、もうひとつはあの日以来、相互のなかにあったと思われる心持ちと誤謬を、確かめておかなくてはいけなかったからです。先日、純一から連絡がありました。といいまして…

返信 〜 衝

おそらく貴女はこう反駁されることでしょう。いかにも親子揃って観念論者らしい意見だが、純一のうしろに父親の影などまるで見受けられはしない、そこには沈黙を守り続けようとする怯懦なおとなを知るだけ、、、息子との交わりに瞠目しつつも、その実、速や…

返信 〜 気

お手紙拝読させていただきました。随分と返事が遅れてしまったことお詫びします。 もっとも返信無用とも思える文面でしたけれど、、、このように日にちを経てしまった理由をこれから申し上げる次第です。 貴女にはあたまが下がります。何よりも最初にこう言…

手紙 〜2

もちろん、純一さんにはあの列車のことなど話してはいません。 でも想像してみて下さい。こころのどこかで希求したものが、実際ではないにしろ血を介して、このわたしのなかにふたたび舞い戻ってくる。 あなたの息子さんは一途な思いで抱いてくれるのです。…

手紙 〜1

前略、この様なかたちでお手紙を差し上げるとは思ってもみませんでした。 帰省の折、列車内で隣合わせてから一年が過ぎてしまった今、何かのめぐり合わせでもあるかのように、貴方の息子さんと知り合い(出会いやその後の詳細は純一さんから聞いてらっしゃる…

夏まわり

絵の具を絞り出し塗りこめたみたいなひまわり畑の小径を進んでゆくと、木々の伸び具合が見分けられるほどの小高い山がせまって来た。 背景の青空は無性に旅情をかきたてるが、夏風にそよぐ大輪から浮き上がる緑は小山から彩度を分け与えてもらっているせいか…

ちび六と豚丼

雨がしとしと日曜日、どの家も窓を閉め切って静かな空気がよどんでいます。 風呂場のすみから、ハイハイはってカサカサヒタヒタろうかをわたってくる気配、なんて知るわけないですよね。 でもまったく関知しないのではありません。おねえさんはちゃんとはえ…

くるみわり人形〜後編

日が落ちる少し肌寒くなるわ、でもあんたの胸のなか温かいんじゃない、ふふふ、うちに着くまでに説明しとかないといけないわね。 いきなり対面では、、、いい良子、決して怖がってはだめよ、優しく見つめてあげて。 そういうあたしも当然ながら最初は凍りつ…

くるみわり人形〜前編

あら、良子じゃない、何年ぶりかしら、変わらないわね。 あたしはどう、ま、いいか。仕事の帰りでしょ、じゃあ歩きながらちょっと話し聞いてくれない。 あんたどこに住んでるの、あそう、あたしと反対ね。でもいいや、駅までじゃ話しきれないから電車一緒し…

たけやぶやけた

一席おつきあいのほどを。 しかしなんでございますな、最近の子供は加速する情報化のせいでしょうか、随分とませたものの言い方をするものです。 ある家にお邪魔したとき、見かけない女の子がふたり、大はしゃぎしておりまして、あるじに聞きますと、近所か…

夢の売人

ああ、いつかの男だった、まえにあれは夜間飛行だときみに話したことがあったね。 実直そうな面構えに隠された卑猥な笑みは、通りすがりの刹那に生まれる魂胆に近く、しっかり届けられなくて、あとからじんわりぼんやり思い出せる程度だった、だからこそあの…

恋人のいる時間

しばらくぶりに知人と酒場で落ち合った久道は、自分の髪が金色から銀髪に変化しているのを指摘され、 「なに、新月の夜に染め直すから脱色してしまうんだろう」と、生真面目に説明した。 凡庸とあしらいながら、常識では計りがたい相変わらずの言い草に知人…

花粉とライスカレー

うちのおかあさんに聞いたんだけど、小学校のときの給食がね、カレーだったんだって。ごはんじゃなくてコッペパンにつけて食べたそうよ。ええっ、うまそう、あっ、そうか、カレースープなんだ。ちがうってば、とろみのあるふつうの、じゃなかった、ああもう…